歳をとるということ

毎日忙しく過ごしていると、時間はどんどん過ぎて行き、1年、また1年と重ねていく。しかし、体は老いていくのに、心は老いているとは感じない。しかし、過去はいつしか遠くなり、思い出すことさえまばらとなる。あれだけ心を痛め、苦しんだことも時間が経てば思い出でしかない。今がを生きることに執着しなくなれば、幸せだった過去を思い出すことだけが楽しみになるのかもしれない。それが老いるということなのだろう。自分もそうなりつつあるのだろうか。
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# by juneberry120 | 2017-09-22 02:38 | つぶやき

正直ではない気分

自分の気持ちに対して正直ではないことをしていると感じる。おそらく誰も理解できないだろうと思う。自分でも理解できないのだから。本当に手を引いてしまいたい。そうすればすっきりする。でもズルズルただただひきづられてる。失うものばかりで得るものはどんどん減っていく感じがする。離婚を考える時ってこんな状態なんだろうなと思う。
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# by juneberry120 | 2017-07-21 00:16 | つぶやき

愛されるということ

自分は愛されているか。おそらくそうだと思う。おそらくというのは、日常的に愛していると言われているわけではないから。少なくとも「あなたのことはそれほど」と言われるような存在ではないと思う。でもそれは愛ではなく、執着だと言われるとそうかもしれないとも思う。その区別はとてもつきにくい。自分はどこかでいつも必要とされたいと感じている。だから、執着されるほどに離れたくないと言われると嬉しく感じる自分がいる。何もせずにそのまま縁が切れてしまうぐらいなら、切れてしまった方がいい。切れたくないと思うのなら、執着心があるのなら、そうさせまいとする。これはとてもずるい考えだ。自分の気持ちはどこにあるのだろう。そう言われても仕方がない。本当は切れて欲しくないのは自分自身なのだろう。そう考えればすべてのつじつまが合う。自分の気持ちに向き合うのがきっと怖いのだろう。
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# by juneberry120 | 2017-07-15 01:25 | つぶやき

何をすべきか

自分の残りの人生の中で何をすべきか、何ができるか、考えることが多くなった。将来のためという言葉はもういらない。今できることをやらなければ。明日はもう来ないかもしれないのだから。本当にそう思う。人は歳をとると頑固になる。そのことはよくわかる。僕もきっとそうなると思う。でも今はそうではない。まだ柔軟さは残っている。まだまだ新しいチャレンジはやってくる。いい死に方をしたいなと思う。それは前のめりのまま死んでいくこと。まだまだやるべきことがあると思いながら、この世を去りたい。そして誰かがきっと跡を継いでくれると信じたい。

以前は、誰かを愛したいという気持ちがとてもあったけど、今はそういう気持ちがずいぶんと薄くなったと感じる。歳をとったせいかもしれない。でもまったくないわけではない。おそらく肉体よりも精神的な繋がりを大切にしたいという気持ちが強くなったのだろうと思う。肉体は衰えても心はいつも若くありたい。



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# by juneberry120 | 2017-07-13 01:26 | つぶやき

幸せと幸運

自分は幸せなのか、幸運なのか。たぶん幸運なのだけど、幸せではないのだと思う。幸せは満ち足りた気持ちに包まれること。残念ながら僕はそのような気持ちに包まれていないし、むしろいつも焦りにも似た恐れに包まれて生きている。心の中に空虚な穴があり、それを埋めるために、精一杯生きている。でも、一方で自分の人生はとても幸運に恵まれてきた。少なくても食べていくのに困らないだけの収入を得ることができているし、やりたい仕事をしていると思う。人から尊敬もされる。それでも満ち足りることはないのは、自分が幸運に恵まれるほどの人間ではないと感じているから。つまり、その幸運を幸運のない人々に返さなければならないと感じている。そうしないと生きていけない。そういうことが、自分をある方向に駆り立てている。それは止められないことだ。僕は愛されるほどに愛していないのかもしれないし、愛してもそれはいつも受け入れられることがないと知っているのかもしれない。絶望の中にしか希望は生まれないし、そのように常に自分を追い詰めようとしているとも言える。愚かなことだと思うが、止めることはできない。
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# by juneberry120 | 2017-07-08 09:20 | つぶやき

ヨセミテ

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ヨセミテはサンフランシスコから車で5時間ほど走った山奥にある国立公園だ。アメリカでも人気はうなぎのぼりで、今ではグランドキャニオンよりも人気があるという。巨大な岩壁と滝が連なるスケールの大きなこの地は、ネイティブ・アメリカンたちの聖地でもある。その神聖な場所も多くの人が詰めかけ、車が渋滞するようになれば、森の緑も排気ガスで枯れてしまい、神様も逃げていくというものだろう。どんな大自然も人類の欲望の前になすすべもないということだろうか。しかし、巨大な自然の前に驕りを正さなければ、きっと大きなしっぺ返しがくる。そうならないためにも人間は謙虚さを忘れてはならないと思う。
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# by juneberry120 | 2017-07-07 17:09 | つぶやき