多忙につき

このところの忙しさがハンパない。睡眠負債がどんどん蓄積されている気がする。とにかく日曜日も休みじゃないのはつらい。一週間ずっと働きづめだ。いつか倒れるんじゃないかと不安になる。それでも止められない。仕事の合間に別の仕事をすることが息抜きになっている気がする。あるいは嫌いな仕事の合間に好きな仕事をするとか。
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# by juneberry120 | 2017-12-11 02:40 | つぶやき

もやもや

考えてみたら、ここ10年間ずっとモヤモヤしている気がする。心の底から充実感と幸福感に包まれるということがない。せいいっぱい生きているのは、そのモヤモヤを忘れるためかもしれないと思う。だから一人でゆっくりすることをしないし、そういう時間を作らない。こんな気持ちすら誰にも話せない。だからここにこっそり書いているんだと思う。
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# by juneberry120 | 2017-09-24 00:57 | つぶやき

歳をとるということ

毎日忙しく過ごしていると、時間はどんどん過ぎて行き、1年、また1年と重ねていく。しかし、体は老いていくのに、心は老いているとは感じない。しかし、過去はいつしか遠くなり、思い出すことさえまばらとなる。あれだけ心を痛め、苦しんだことも時間が経てば思い出でしかない。今がを生きることに執着しなくなれば、幸せだった過去を思い出すことだけが楽しみになるのかもしれない。それが老いるということなのだろう。自分もそうなりつつあるのだろうか。
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# by juneberry120 | 2017-09-22 02:38 | つぶやき

正直ではない気分

自分の気持ちに対して正直ではないことをしていると感じる。おそらく誰も理解できないだろうと思う。自分でも理解できないのだから。本当に手を引いてしまいたい。そうすればすっきりする。でもズルズルただただひきづられてる。失うものばかりで得るものはどんどん減っていく感じがする。離婚を考える時ってこんな状態なんだろうなと思う。
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# by juneberry120 | 2017-07-21 00:16 | つぶやき

愛されるということ

自分は愛されているか。おそらくそうだと思う。おそらくというのは、日常的に愛していると言われているわけではないから。少なくとも「あなたのことはそれほど」と言われるような存在ではないと思う。でもそれは愛ではなく、執着だと言われるとそうかもしれないとも思う。その区別はとてもつきにくい。自分はどこかでいつも必要とされたいと感じている。だから、執着されるほどに離れたくないと言われると嬉しく感じる自分がいる。何もせずにそのまま縁が切れてしまうぐらいなら、切れてしまった方がいい。切れたくないと思うのなら、執着心があるのなら、そうさせまいとする。これはとてもずるい考えだ。自分の気持ちはどこにあるのだろう。そう言われても仕方がない。本当は切れて欲しくないのは自分自身なのだろう。そう考えればすべてのつじつまが合う。自分の気持ちに向き合うのがきっと怖いのだろう。
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# by juneberry120 | 2017-07-15 01:25 | つぶやき

何をすべきか

自分の残りの人生の中で何をすべきか、何ができるか、考えることが多くなった。将来のためという言葉はもういらない。今できることをやらなければ。明日はもう来ないかもしれないのだから。本当にそう思う。人は歳をとると頑固になる。そのことはよくわかる。僕もきっとそうなると思う。でも今はそうではない。まだ柔軟さは残っている。まだまだ新しいチャレンジはやってくる。いい死に方をしたいなと思う。それは前のめりのまま死んでいくこと。まだまだやるべきことがあると思いながら、この世を去りたい。そして誰かがきっと跡を継いでくれると信じたい。

以前は、誰かを愛したいという気持ちがとてもあったけど、今はそういう気持ちがずいぶんと薄くなったと感じる。歳をとったせいかもしれない。でもまったくないわけではない。おそらく肉体よりも精神的な繋がりを大切にしたいという気持ちが強くなったのだろうと思う。肉体は衰えても心はいつも若くありたい。



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# by juneberry120 | 2017-07-13 01:26 | つぶやき